連載第11回 名優、家族の肖像(ダキ ①最初の里親)あえてドラマを構成しようとしないシナリオや、その特異なキャスティング術からいって、ジャック・タチの作品に映画祭の演技賞ものの名演が存在しないのは当然でしょう。ただしアカデミー助演賞にも匹敵しそうな、かの唯一の例外的熱演を除いては――
~ダキ~(Daki/生没年不詳)
映画
『ぼくの伯父さん』に登場するあの愛らしいワンちゃんたちを、タチはいったいどうやって集めたのでしょう?
答えはというと、大部分の犬は動物愛護協会の保護施設から「スカウト」してきたそうです。片っぱしから20軒ほどまわったそうですから例によって念の入った行動ですが、考えてみればあの映画に登場する犬たちはほとんどが野良という設定ですから、見るからに毛並みの良さそうなブルジョワ犬は相応しくないわけです。
ただし例外もいて、フィガロ紙に出された「雑種犬求む/映画撮影用/口を開け苦笑する犬」という3行広告に応募して雇われたのが、サンモール広場の露店の脚元でカマスと張りあって歯を剥く「あの」ワンちゃんだったとのことです(ピエール・エテックスの証言)。

さて、ドッグパートの主役であるダックスフント犬ダキですが、彼はもちろん野良犬ではなく飼い犬、それもかなり変わった人物の愛犬でした。
その人物とはボラー・ミネヴィッチ。1902年にウクライナで生まれ、幼くして米国へ移住、戦前は一流のハーモニカ奏者としてコミックバンド《ハーモニカ・ラスカルズ》を率いミュージックホールや映画で大活躍、1947年にフランスに居を移してからは活動領域も表舞台から裏方へと移し、映画への投資・配給、ナイトクラブの経営などに携わりました。
しかしミネヴィッチの生涯が特異なのは、半音も出せるクロマチック・ハーモニカ用の技術を開発し、ドイツの楽器メーカー《ホーナー社》にパテントを売却したことにより、20歳そこそこにして百万長者になった点です。ミネヴィッチは
『のんき大将』をアメリカに配給するなどジャック・タチとはきわめて懇意で、羽振りの良いミネヴィッチと新進の映画作家は悪童めいたやんちゃな遊びに興じていたと伝えられます。
タチの作品で喩えるなら
『イリュージョニスト』に大勢出てくる落ちぶれた芸人ではなく、
『プレイタイム』のアメリカ人大立者シュルツ氏(
ビリー・カーンズ)みたいな存在ということになるでしょうか。
何でもミネヴィッチは、自分の名前を「フランチャイズ」制にして、ハーモニカ奏者を「加盟」させる(=複数の《ボラー・ミネヴィッチ》を存在させる)というアイディアを考案し、タチの郵便配達人にもこのやり方を勧めたそうです。せっかく一山当てたというのに、海のものとも山のものともつかない「ユロ氏」なんぞにかまけるのはリスキーだと思っていたようです。ある種の「成功者」とはこういう発想をするものなのですねえ。
*ミネヴィッチのアルバムというわけでダキ君は、アルペル氏などよりもっとお金を持っていそうな、もっともっと開放的な成金の家に生まれた(?)わけです。
さて、ダキをはじめとした『ぼくの伯父さん』の名脇役ワンちゃんたちが、撮影後どうなったかは次回に述べます。
それにしても、以下の動画に見るジャック・タチの振り付け、これ神業ですね。
*天才はいかにして犬を演出するのか?(クリック⇒広告⇒本編8秒後から注目)(佐々木秀一/執筆)
◎トピックス追記
I
MAGICAサイトのインタビュー記事に『プレイタイム』のデジタル修復について言及があります(取材:木村ひろみさん/翻訳:山下泰司さん)。非常に興味深いので、ぜひご一読を。それにしても考えさせられるのは、ジャック・タチは生前の晩年は不運だったものの、死後のあゆみは幸運な人なのだなあということです。
- 関連記事
-
- http://tatiinfo.blog115.fc2.com/tb.php/102-f5e63fb6
トラックバック
コメントの投稿