連載第13回 客演のご縁は?(クロード・オータン=ララ)この連載の趣旨はジャック・タチが作った映画に関わったキャストand/orスタッフを紹介することにあるわけですが、今回は理由あって、タチが「関わった」映画についての話題となります。便宜的にタイトルとして掲げた人物について語る項目ではないことを、あらかじめお断わりしておきます。
~クロード・オータン=ララ~(Claude Autant-Lara/1901-2000)
タチが他人の映画に出たのは生涯わずかに二本、『乙女の星』(1946年)と『肉体の悪魔』(1947年)だけです。監督はいずれもクロード・オータン=ララで、『肉体の悪魔』のほうはオータン=ララにとっても代表作といえるでしょう。
しかしタチは何故オータン=ララのような、作風がおよそ異なる人物の映画に(だけ)出演したのか、考えてみると不思議ではないでしょうか。
タチの評伝作家の一人デイヴィッド・ベロスによると経緯はこうです。
ドイツ占領下の時代すなわち1940年代はじめ、『天井桟敷の人々』の製作準備に追われていたマルセル・カルネ監督は、この映画の主役ジャン=ルイ・バローにある危惧を抱いていました。というのもバローは当時コメディ・フランセーズと契約していたため、舞台に時間を取られて撮影に専念できないのではないか、と恐れていたのです。
その頃、南仏ニース(非占領地域)で活動していたカルネが上京し、たまたまABC劇場(パリの老舗ミュージックホール)に寄ったところ一人の芸人に目が留まりました。その芸人の観察眼の鋭さとエスプリに驚くとともに、ほっそりとした長身やその風貌が、古い写真の伝えるドビュロー(『天井桟敷の人々』の主人公バティストのモデル)の肖像に、ジャン=ルイ・バローより似ている。しかも好都合なことに、その芸人もドビュローと同じパントマイマーでした。
――言うまでもなくカルネが目撃した舞台芸とは「スポーツの印象」、演者はジャック・タチです。カルネは将来必要かも知れない選択肢の一つに主役交代を忍びこませます。
ただしこの時代のタチは大衆的には無名の舞台芸人で(いうなれば「浅草時代の○○○」)、監督もプロデューサーのフレッド・オランもこの交代は「リスクが大きすぎる」という点で意見が一致していました。とはいえこの際の議論はフレッド・オランの記憶の片隅にしっかりと刻まれ、同じく自身が製作をつとめた『乙女の星』で「口を開かないでも銀幕で存在感を示せる」(=マイムで幽霊を演じられる)役者が必要になったオランはタチに連絡を入れニースの撮影所に呼びよせた……

*ドビュロー(上)、『天井桟敷の人々』でのジャン=ルイ・バロー(下)もう一人の評伝作家ジャン=フィリップ・ゲランの説は、若干ニュアンスが異なります。
『乙女の星』でタチが演じた幽霊は、本来ジェラール・フィリップに配役されていた。ところが、この若手(当時)が事情により降板したため、製作陣は急遽代役を探しはじめた。ここでタチをクロード・オータン=ララに推薦したのは本作の脚本家であり「タチの友人でもあった」ジャン・オーランシュであるというのです。オーランシュとタチがどの程度親しかったのかは不明ですが、この『禁じられた遊び』の脚本家とタチとの間にルネ・クレマンを置いてみれば、ぼんやりとながらも線は一応つながります(クレマンは戦前からのタチの技術的協力者でした)。
もっとも、このときの代役には候補が何人か挙がったようで、くだんのジャン=ルイ・バロー氏もそこに入っていたそうです。主演女優のオデット・ジョワイユー曰く、
「わたしは所作と諷刺が結びついたタチの芸をミュージックホールで見て感嘆したものでしたが、将来のユロ氏がいくら笑わせて(しかも、考えさせて)くれたからといって、乙女を夢見させることが可能とは到底思えなかったわ」
*『乙女の星』日本版ポスター『乙女の星』にジャック・タチを抜擢したのがフレッド・オランなのかジャン・オーランシュなのかという疑問は、よくよく考えると説の違いではなく、渾然たる状況のほぐし方の問題のようにも読み解けます。直接証言のあり方からみれば、『天井桟敷の人々』とジャック・タチに一寸ながら接点があったこと、オデット・ジョワイユーが『乙女の星』でのタチ起用に不安を覚えていたことは、少なくとも事実のようです。
*日本版『乙女の星』
DVDジャケット(2016年4月発売予定)さてジャック・タチがうら若き乙女を結果的に「夢見させる」ことができたか否かは、鑑賞者各人の判断に委ねられるべき問題でしょうが、この点において極めて嬉しいことに、戦後1949年に劇場公開された以外、日本ではビデオもDVDも出たことがなかったこの『乙女の星』がようやく発売されるとのことです。
最初に売り出されるのは
『珠玉のフランス映画名作選』
というBOXもので、これはこれで内容/分量的に間違いなくお買い得です。ただ、もう少しだけ待つと単品でも発売される模様で、ジャック・タチの演者としての才能を、じっくりと見極めることがこれで可能となる次第です(下記をクリックすると一部鑑賞可能)。
(佐々木秀一/執筆)
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