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速報!「ジャック・タチ コンプリートBOX」をレビューする4

休暇:ジャケット

連載第4回 ぼくの伯父さんの休暇(DISK 2)

長い道中の末、車窓の向こうに一気にひらけた海岸線の眺望。寄せては返す波、潮の香り、歓声嬌声——これから本格的に始まるはずの夏休みに何かを期待するわくわく感。ゆったりした時の経過。残り僅かな休日を数えるじりじりした焦燥感。そして去り行く夏を見送る寂しさ。

『ぼくの伯父さんの休暇』は、そんな「夏」をまるごと描いた傑作です。幸せで懐かしく、だれもが身に覚えのある夏。この作品で去り行くのは夏なのでしょうか、それとも砂浜の避暑客たち?

休暇:スチール

1 「ぼくの伯父さん」の休暇

このDISKには本作の初版(53年公開)と最終版(78年版)が収録されています。新旧のヴァージョンは時間にして10分の差があるので、タチが旧版をいかにすたすたとカットしていったかご想像がつくでしょう。

タチが新版(正確には62年版のための改訂)でカットした大きなシークエンスは、まずヴァカンスのごく初期、初心者ユロがテニスをする場面です。ゲームにすらならないような有様で、ボールがどこかに飛んで行ってしまったのでユロが探しに行くと教会の庭で発見、金網門を開けると小鐘が鳴り居眠りしていた司祭が寝ぼけてお祈りを唱えかける、というギャグにつながります(これを目撃したイギリス老婦人は思わず噴き出します)。

中盤でマルティーヌのおばと一緒にユロが海水浴をし、波にさらわれそうになるシーンもカットされたうえで、帰りの列車の車中でマルティーヌとおばが休暇中の写真を眺め、ユロの写真を見たマルティーヌがククっと笑うという旧版のラストまでばっさりカットされています。

『ぼくの伯父さんの休暇』は「夏休みの絵日記」風作品です。滞在場所が一軒のホテルに限定されるので、どうしても繰り返し(夕食、サロンでの憩い、砂浜の場面等)が多くなります。タチは、旧版では休暇某日目にあったショットを別の日の出来事としてずらすなどして物語を組み立てから変え、無駄な重複を整理しました。その目的は?

この物語では避暑客のほとんどがユロを嫌うなか、ごく少数の存在だけがユロに親愛感を抱きます。散歩する老紳士、イギリス老婦人、子どもたちなどが味方。マルティーヌと彼女のおばは支持まではいかぬが中立派。これらの信頼関係は新版だとあまり脈絡なく形成されるように見えますが、旧版を観ると意外に細かい接触が繰り返されてユロへの愛着が形成されてゆくのが分かります。

こうして見るとジャック・タチが新版で回避したのは、前作と同じく「感情のドラマ性」だったことが分かります。つまりユロがテニスで完勝する場面がリベンジのごとく見えるのをタチは嫌った。ああなってこうなってご婦人の心に好意が芽生えるという綾も鬱陶しかったのでしょう。

いわばタチはこの「夏休みの絵日記」の4コマ漫画(起承転結)のパートを削除し、新版では全編をサイレントの1コマ漫画の連鎖に仕上げようとした。

日本での公開当時から本作のタイトルにはクレームが尽きません。原因は言い尽くされたので省きますが、「ぼく」も登場しないのに「ぼくの伯父さん」の休暇とはけしからぬ、という指摘です。しかし実はこの邦題、まんざら見当違いとも言い切れないのです。原題を平たく訳すと『ユロさん(Monsieur Hulot)のヴァカンス』、この「ムッシュー」が問題で、いわば親愛をこめて眺めている誰かが語るユロの休暇、というニュアンスがタイトル自体に込められているからです。

実際本作では、散歩する老紳士や子どもたちが、気になるユロをどうしても眺めてしまうという描写が一度ならず登場します。『ぼくの伯父さんの休暇』は、「ぼく」ならぬ散歩老紳士や子どもたちが眺めたユロさんのスケッチ集なのです。

この第三者的で身軽な距離感と、一人称的なロマンやリベンジの感情は水と油、だからタチは細心に後者を排し、ギャグの純度を上げようとしたのでしょう。

休暇:サンマルクホテル
*撮影に使われたサン=マルク=ホテル

2 パリの天気はいかが?

ジャック・タチのフィルム編集者としての道のりは『のんき大将』モノクロ版→『休暇』旧版→『ぼくの伯父さん』→『休暇』新版→『のんき大将』部分着色版、の順になります。今回通しでこれらを観てはっきり確認できたサウンドトラック面での事実があります。

タチに特徴的な擬音・効果音の使用は処女作ですでに兆していましたが、位置関係を逆転させた環境音の使用や人声の切れっ端の活用まで含め、音ギャグ/音遊びが出揃ったのは『休暇』旧版だったようです。ただこのDISK2を観てはっきり分かるのは、『休暇』旧版ではいわゆるBGMの効果が弱い、ということ。音楽を扱う技量が完成するのは次の『ぼくの伯父さん』を待たねばなりません。

試みにDISK1を観てほしい。『のんき大将』オリジナル版の平凡な劇伴と打って変わって、部分着色版のサウンドトラックはそれだけで売り物になりそうです。シークエンスの開始終了に応じた巧みな音楽の出し入れ、曲勢と映像テンポの同調など、音響操作技術が飛躍的に向上することにより観客はテーマ曲にも乗せられて、うきうきした幸福な気分になるのです。聴いていると生理的な快感すら押し寄せてきます。

さて『ぼくの伯父さんの休暇』で使用されるテーマ曲は、基本的にアラン・ロマン作曲による「パリの天気はいかが?」1曲のみです。場面によって編曲を変えながら挿入されるのは新旧それぞれのヴァージョンとも同じです。

旧版では当時の花形エーメ・バレリ楽団によるジャズ、というよりムード音楽風演奏(切ないミュートトランペットはバレリ自身)ないしアラン・ロマン本人によるピアノソロが使用されています。新版では同じ曲のスコアを一新、ジョージ・シアリングのコンボを拡大したようなスモール・ビッグバンドが重厚なアンサンブルのクールジャズを、よりアップテンポに躍動的に奏でています。

旧版ではニュースが流れていたユロ登場シーンのラジオですが、新版ではこれがオペラの歌唱に変わり、舞い飛ぶ書類を足で押さえようとする給仕の仕草に女声のアリアが同調していくところなど、タチの音楽遊びの面目躍如でしょう。

なお作品終盤で、ある少年がユロを真似して大音量でレコードを鳴らすシーンが新旧ともに登場します。このレコードの曲が新版では差し替えられていて、『ぼくの伯父さん』ラストの空港シーンで流れたディキシーランドジャズ風の曲がそのまま流用されています。

以前は『休暇』→『伯父さん』という順の流用だと思っていたのですが、順番は逆だったようです。そしてこのなりゆきから見て、この少年と商売熱心なその父親(劇中のスミュット氏)の関係は『ぼくの伯父さん』の原型そのものだったのでしょう。この曲の作曲者はフランスのジャズクラリネット奏者マキシム・ソーリー、曲名はずばり「ぼくの伯父さんとぼく」。順番からいってもこのタイトルに何ら矛盾はありません。

休暇:カード2


3 美しきモノクロ作品

特典映像とブックレットが、この作品についても、興味深い発見の助けとなってくれました。

「(ヴァージョン改訂の際)映画の最後に追加されたのが、見えない郵便配達人の動作を物語る、ハンコの押された切手のカラーショットだ。(…)この最後のショットにはいくつかの選択肢があることが分かった。例えば、切手と消印の登場はずらすか、同時か、黒画面へのフェードアウトを使用するかしないかである」(ブックレットより)

人の気配がなくなった海岸沿いの道をユロのポンコツ車が去ってゆくと、ロングショットの映像がストップ、静止画となった画像の右上に切手と消印が現われる、という粋な趣向で現行版(新版)は幕を閉じます。映像がそのまま絵葉書に転ずるのは「良い思い出になりました」というシグナルでしょうし、切手に消印が押されるのは、名刺をくれた散歩老紳士宛てにユロが実際に投函したことの暗示でしょう。

そこはさすがに気づいていたのですが、あの消印を押したのが郵便配達人フランソワだったことまでは思いが至りませんでした。そう、どこからどう考えても、あれはフランソワのなせるわざ。タチは見えない形で郵便配達人を本作に登場させたのです。タチのこのウインクを見逃していた筆者は、叩頭して詫びたい気分です。でもこれは感動的な指摘でした。

それと、このラストシーンに異同が幾つかあることは日本でも指摘されていたことです。ブックレットによれば『のんき大将 脱線の巻』で参照した二つのインターポジにも尺の違いがあるとのこと。

『のんき大将』の初版については、インターポジに触れることができる人物はタチ以外には考えられません。ですから『休暇』のエンディングもタチの試行錯誤の結果という可能性が高いのですが、こちらは長年流通してきたヴァージョンゆえ今となっては真相不明です。ただこのDISKに収録されたパターンを「最も適切」と認定したのはタチの一番弟子ピエール・エテックスだそうです。この作品の一番有名な青いポスターを描いた人ですね。

なお、この作品から美術分野でタチの絶大な協力者となるのがジャック・ラグランジュです。『ぼくの伯父さん』のアルペル邸をデザインした人ですね。そのラグランジュの当時のメモには、鮫のぬいぐるみ(?)をかぶった人間が他人を襲っているようなイラストが残されており(特典映像「作品分析」より)、これからすると現行版とは違う形にせよ鮫のいたずらのアイディアは元々存在していたことになります。

現行版の例のシーンについては『ジョーズ』がヒントになったのは間違いないにせよ、一度捨てたギャグを改変してカヤックに接木しなおしたという経緯だったのかも知れません。以上、序文を補足する意味で書きとめておきます。

最後に、この作品のモノクロ映像の思いもよらぬ美しさについて。

ジャック・タチは『休暇』をカラーで撮りたいと希望してはいましたが、白黒映画として製作せざるを得ない予算の事情もよく承知していました。つまり本作はタチが白黒映画として構想し、白黒映画として仕上げた唯一の作品なのです。

今回の映画祭で劇場鑑賞したとき、修復による映像の新鮮化では本作のほうがカラー作品より際立っているようにすら感じられました。夜景描写などが好例で、闇とカラスがきれいに分離すると、かくもニュアンスと印象が違うものなのかと驚嘆した次第です。補正がグレーの諧調に限定されることが理由なのでしょうか。

加えて白黒映像は、観ている側の意識が色彩に引っぱられないため演者の動作がカラーよりも鮮烈に認識できて、明らかにサイトギャグには向いているようですね。ジャック・タチがマイム・パフォーマーとしてピークにあった時期の『ぼくの伯父さんの休暇』がモノクロ映画として残っているのは(当人がどう思っていたかは措いて)神のおぼしめしだったのかも知れません。

劇場を出るとき愚妻が「あの映画が、あんなに美しい白黒映画だとは、思ってもみなかったわ」とつぶやいていました。同感です。

コンプリートBOXバラ

☆商品情報
『ジャック・タチ コンプリートBOX』 [Blu-ray]
 日本コロムビア / COXM-1094~1100
『ジャック・タチ コンプリートBOX』 [DVD]
 日本コロムビア / COBM-6696~6702
*Blu-rayとDVDでは内容・価格が異なりますのでご注意ください。
 なお本稿では、あくまで[日本版Blu-ray]のほうを扱っています。

(佐々木秀一/執筆)

〈追記〉
2015年2月、「ぼくの伯父さんの休暇」単品のBlu-rayDVDも発売されました。




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