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速報!「ジャック・タチ コンプリートBOX」をレビューする8

パラード:ジャケット

連載第8回 パラード(DISK 6)

『パラード』でジャック・タチが演じているサーカスの団長は、他の芸人にまじって自分でも達者な芸を披露しています。ボクサーとかサッカーのゴールキーパーとか釣り人とか、要するにスポーツをひとりで模写しているのです。

ジャック・タチは若き日あるラグビー・クラブに所属していました。試合が終わった晩などはチーム・メイトと街にくりだし酒食を楽しんだ。闊達な若者たちはジョークや余興にも熱心で、特にタチの芸は素人の域をはるかに超えていました。後年タチが舞台芸人として大成したのはここで芸を磨けたからでしょうが、タチがプロに転じるきっかけとなったのが『パラード』で披露しているパントマイム芸、すなわち「スポーツの印象」です。

戦前戦後を通じてこの演目は舞台芸人としてのタチの看板作であり続けましたが、『パラード』の目的の一つはこの「スポーツの印象」を洩らさず記録することにありました。

パラード:スチール


1 プランの変転

前作『トラフィック』は、人間関係の分解から製作上の役割分担に大幅な変更が加わりましたが、物語の骨子(=ユロの旅物語)に変化は生じませんでした。しかしこの『パラード』は完成まで企画の性格が二転三転した。

『トラフィック』で形成されたスウェーデン人脈から企画はスタートしました。最初のプランは13本の短いTVコミック番組をタチが制作するというもので、タチはこれの最終回用に1971年11月ストックホルムで某曲芸一座のパフォーマンスを撮影(16ミリ&35ミリ)。しかしこの後シナリオその他が進展を見せず、困ったスウェーデン側は1973年初頭に方向を修正、タチのマイムを中心に据えた1時間特番に企画は変更されます。

これを受け1973年10月、ストックホルムの古いサーカス小屋に観客(半分は本物、半分はテレビ局の人間)を入れて撮影がおこなわれる(ビデオカメラ3台)。編集のためビデオ素材をフィルムに変換する工程のなか、タチは作品を最初から映画として製作する旨方針を翻す。

直後の11月、ストックホルムに呼べなかったコミックバンドをパリで追加撮影(スーパー16ミリ)。編集上どうしても必要と判明したつなぎのショットのため、1974年年初ストックホルムのサーカス小屋に芸人と観客が再度招集され、最後の撮影が実行されます。

最初の撮影で35ミリフィルムを用いていることからも分かるのですが、タチは当初から最終的には映画化することを狙っていました。スウェーデン側もタチの舞台芸にスポットを当てる方向にプランを修正した段階で、市場は世界規模と認識を改めていたようです。

以上のような顛末から、この作品はパートによって映像の質のばらつきが見られます。昔ビデオで鑑賞していた頃は質の違いがはっきり目についたものです。

このBlu-ray版で驚くほどに修正が成功しそのあたりが気にならなくなってみると、むしろタチの編集感覚が卓越している事実に改めて驚嘆しました。スタジオのショットとサーカス小屋のロケ撮影では、機材も背景も異なるはずなのに、作品として観ると1回の興行がそのまんまフィルムに収められているようにしか見えません。自然な連続感は、間然するところがない。

パラード:DVD


2 すべてが繋がっている

『ぼくの伯父さん』のアルペル夫人の口癖に「みんな繋がっているのよ」というセリフがあります。アルペル邸は部屋がことごとく「振り分け」式なので、広いリビングから全部の部屋に直接繋がっている、という自慢なのでしょう。

原語は tout communique なので「万物がみなコミュニケートしている」という感じです。

『パラード』は、この種の映画にありがちな「フィルムに記録された舞台芸能」とは逆の作品です。客席に据えられたカメラが演者の芸を正面から捉え楽屋は隠す、というのではなく、楽屋からステージ(芸人の背中)を捉えその向こうには観客も見えるという戦慄的なショットすら存在します。もちろん楽屋の様子はカメラに筒抜け。

つまりこの映画では観客も裏方も立派な登場人物なのであり、通常の舞台芸術あるいは「フィルム化された芝居」には頑として存在する「客席/舞台/楽屋」の境界線が消滅しているのです。

これと並んで『パラード』では、この映画を観る観客のある種の認識欲求が時間とともに麻痺させられてゆきます。

つまり——「あの見物客は素人なのか役者なのか、自然なのか演じているのか」という素朴な疑問に始まり、「客席で手品を披露しているあの人は芸達者なアマチュアという設定なのか、客席にプロが混ざりこんでいるという設定なのか」。「あの裏方は芸人くずれなのか、それともいわゆる門前の小僧なのか」。「あの人物パネルは経費削減のためなのか、それとも歌舞伎の黒衣みたいな約束事なのか」等々。

こんな疑問は解決されるべくもなく、また解決される必要なんかないのだよとタチに諭されているかのごとき気分に、だんだんなってくるのです。

意味の無効化と境界線の消滅のすえに現われるのは渾然一体となった「楽しさ」の大きなかたまり。冷たい「規定」というものから解放された、人としてのユーフォリックな喜びそのものです。

アルペル夫人の tout communique という口癖は、実はジャック・タチの哲学、というか理想を反映しているところがあって、境界線の消滅により自由に往来できるようになった空間で、役割(意味)から解放された人間たちが相互に浸透(コミュニケート)しあうという図は『プレイタイム』の幸福な局面を思い出させてくれます。

そして『パラード』はその理想を、鄙びた小さなサーカス小屋を描くことで、ひそかに、全面的に花と咲かせた映画なのです。

パラード:VOSE


3 全員集合!

十年以上前なのですが、ある女性(音楽家)がタチの映画では『パラード』が一番好き、と言っているのを聞いて、首をかしげた記憶があります。前節と矛盾するようなことを言いますが、『パラード』という作品には自他の芸能演目の羅列という寄席的側面が間違いなくあって、タチの映画のなかではギャグの純度も作品の統一感も一段落ちる印象は否めないからです。

このたびの映画祭で劇場では初めて公開されたこの作品の反応を、かくして筆者は心配しておりました。杞憂でした。反応が、とても良いんですね。

理由を考えているうちにあるテレビ番組に行き当たりました。ジャック・タチのギャグを「ドリフみたい」と評する人がたまにいて、この意見にも筆者は以前から首をひねっていたものです。今回『パラード』を改めて鑑賞してみて思ったのですが、この作品はジャック・タチの『8時だョ!全員集合』なのですね。

わが国には『夢であいましょう』や『シャボン玉ホリデー』など軽音楽とコントによる娯楽番組の良質な伝統があって、『8時だョ!全員集合』はその大衆的完成形です。いままで迂闊にも考えたことすらなかったのですが、『パラード』ってこの番組と構成が似ているのですよね。学芸会的雰囲気、小道具、身体的ギャグ、音楽コント、歌。いかりや長介という長身のリーダーvsムッシュー・ロワイヤル……

日本人のDNAにはこの伝統が脈々と息づいているから、他の「高邁な」作品と違って『パラード』はとてもなじみやすい。考えてみると十年前の女性がミュージシャンであったのも意味深です。

Blu-ray版BOXのブックレットによれば「『パラード』は(…)特殊な作品だ。後から同期されたいくつかの台詞を除けば、同時録音で制作された唯一の長篇作品なのだ」とあります。

実は筆者は『パラード』を悲しい映画だと思ってきました。あれほど、独裁的なまでに自分の作品世界をコントロールしてきたタチが、他人の芸まで取り入れた半端な映画で、自分の作品史を閉じねばならなかったことが不憫なことのように思えたからです。その境遇が。衰えが。不運が。

ですからシャルル・デュモン作曲のマーチが勇壮であればあるほど、胸が締めつけられるような悲しみを覚えたものです。

しかし、そうではなかったのかも知れません。ジャック・タチは最後に悲しい作品ではなく、幸せな作品を作った。少なくとも日本では、最も愛される可能性のある作品を。

コンプリートBOXバラ

☆商品情報
『ジャック・タチ コンプリートBOX』 [Blu-ray]
 日本コロムビア / COXM-1094~1100
『ジャック・タチ コンプリートBOX』 [DVD]
 日本コロムビア / COBM-6696~6702
*Blu-rayとDVDでは内容・価格が異なりますのでご注意ください。
 なお本稿では、あくまで[日本版Blu-ray]のほうを扱っています。

(佐々木秀一/執筆)

〈追記〉
2015年2月、「パラード」単品のBlu-rayDVDも発売されました。



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日本ではたぶん唯一のファンサイト「ジャック・タチの世界」を運営しています。フィルモグラフィetc.は、そちらをご覧ください。
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