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速報!「ジャック・タチ コンプリートBOX」をレビューする9

短編集:ジャケット

連載第9回 短編集(DISK 7)

このDISKにはジャック・タチの短編が収められています。
ただし「ジャック・タチの」といっても、タチが監督し最後まで完成させた短編作品は実は1本だけで、他は監督が違う人だったり、事実上編集を放棄した「非公認作」だったりします。しかしタチの長篇をより深く理解するうえでこれらの短編が必見なのは間違いありません。以下、製作順にコメントしていきたいと思います。


1 短編作品を続けて観る

タチが初めて映画に関わったのは『テニスのチャンピオン、オスカール』(1932年/タチは脚本と出演)とされていますが、これは未完に終わっています。さらに、少し時間が飛びますが『地上に帰る』(1938年)という短編でもタチは脚本を担当し出演したそうですが、これも未完。

短編:乱暴者を求む

『乱暴者を求む』(1934年/タチは脚本と出演)

共演はサーカスの道化師ロムで、ロムは当時の映画製作上のパートナー。住居を一時シェアしていたとも伝えられます。映画は特に特徴もなく、いかにも当時の喜劇映画という趣きです。若き日のタチが妙にビートルズのポール・マッカートニーに似ているなあと思いつつ、「天才も初めはこんなもんか」と眺めていればよさそう。

短編:陽気な日曜日

『陽気な日曜日』(1935年/タチは脚本と出演)

共演は同じくサーカスの道化師ロム。タチとロムの凸凹コンビが板についてきています。
タチ作品には動物と子どもたちが必ず出てきて、最終作『パラード』のフィナーレなどは二人の愛らしい男の子と女の子が飾るほどですが、そういう存在が初めて登場するのはこの作品。ボンネットに隠れてモーター音を口でまねする少年や、女だてらに勇壮にラッパを吹く少女など、悪童風な振舞いもタチ映画っぽいですね。ギャグもそれなりの水準に達してきていて意外と面白い作品です。

短編:左側に気をつけろ

『左側に気をつけろ』(1936年/タチは脚本と出演)

監督はルネ・クレマン。クレマンは撮影現場での修行時代がちょうどタチと重なっていて、すでに『乱暴者を求む』のころから、カメラマン助手・助監督としてタチの映画に協力していました。悪童たちや動物の生き生きした描写に加え、この作品でタチは「スポーツの印象」のボクサー篇を断片的ながらも披露しています。

田園風景や郵便配達人など次の作品を予告するようなディテールが随所に出現するのも興味ぶかい。この作品の軽快なテンポはむしろクレマンの手柄だと思えますが、タチの脳裡では本作が成功体験として記憶され、十年後に次作を構想する際ヒントになったのではないか、と想像したくなりました。

短編:郵便配達の学校

『郵便配達の学校』(1946年/タチは監督と脚本と出演)

タチが唯一監督した短編作。全体に『のんき大将 脱線の巻』の習作というか原型といった内容で、『のんき大将』のスラップスティックな側面はほとんど本作から引き継いでいます。このころのタチのパントマイマーとしての身体能力は実に並外れたもので、酒場に入ってダンスを踊るシーンの足さばきなどはそれだけで見ものです。

短編:ぼくの伯父さんの授業

『ぼくの伯父さんの授業』(1967年/タチは脚本と出演)

『プレイタイム』の撮影中断時にそのセットとスタッフ、キャストを流用して撮った短編。監督は同作の助監督であるニコラス・リボフスキーです。この作品には幾つか注目すべき点があります。

①『プレイタイム』外伝としての記録性
②裏から見た喜劇の創作過程
③「スポーツの印象」の映画初登場
④フランソワとユロの共演

道を歩いてきたのは「あの」コートと挙動のユロ氏らしき人物で、かれが入ったビルでは教室のなかで生徒たちが騒いでいる。生徒たちといっても立派な身なりのビジネスマン連中で、ユロ氏らしき人物は教壇にたつと急に威厳ある面持ちに変貌する。

この「先生」が教えるのは階層別タバコの吸い方とか、階段でのけつまずき方など、落語の「あくび指南」を思わせる他愛のない形態模写だが、生徒たちは神妙に講義を拝聴し、先生の指導にしたがってマイムにチャレンジする。授業が終わって建物を出た先生は再びユロ氏の挙動に戻り、ビルの谷間に消えてゆく……

ストーリーを要約すると以上ですが、最後の「ビルの谷間に消えてゆく」シークエンスでは、二つの巨大ビルがガラガラと(滑車で)動いて向こうにバラック小屋が見え、タチはそこに入っていきます。なるほどタチヴィルとはこんな風にできていたのかと一目で分かるのが貴重。

また作中ではユロ氏が先生を演じているようにも、タチがユロ氏の憑依から解かれて平生の姿に戻っているようにも見えますが、どっちにせよ現象観察が喜劇へと昇華される過程が正面から描かれるのは、この作品のほかには『パラード』だけで(団長が裏方たちに各国の警官の真似の仕方を教える爆笑場面)、この披露も貴重。

『左側に気をつけろ』ではボクサー篇の断片のみでしたが、本作では「スポーツの印象」の釣り人篇がフルで演じられています。これは『パラード』に先立っての映画初登場。

さらに本作には郵便配達の教練シーンも登場しますが、これは『郵便配達の学校』の同シーンとは映像が異なっています。「1960年改定により署名は鉛筆ではなくボールペンで云々」という台詞が織りこまれているので撮影は60年以降。1961年にタチは、降板したエディット・ピアフの穴埋めで舞台「オランピア劇場の《のんき大将》」を上演しましたが、本作の教練シーンはこの際の記録映像もしくはその脚本に基づいた再演と思われます。

なお、少なからざるタチのサントラ曲ファンのためにお伝えしておきますと、本作の音楽はレオ・プチとクレジットされるが「本当の作曲家は歌手シルヴィ・ヴァルタンの兄で、かれは『プレイタイム』用に曲をプレゼンしてきたの。採用されなかったけど青年が気に入ったタチは『ぼくの伯父さんの授業』でかれを使った」(タチの秘書の証言)。

シルヴィの兄エディ・ヴァルタンはジャズ・トランペッター出身ですが、この時期より活動の幅を広げ、妹やジョニー・アリディに曲を提供、映画音楽も手がけるようになります。いっぽう名義を貸した形のレオ・プチはジャズ・ギター奏者、スタジオミュージシャンとして高名で、多くの名盤に参加しています。印象的なテーマ曲の柔らかいギターはレオ・プチその人の演奏と思われます。

短編:家族の味見

『家族の味見』(1976年/監督ソフィー・タチシェフ)

タチの実娘ソフィーは1946年生まれ。監督としては本作が処女作となりますが、1998年には『カウンター』という長篇も発表しています。この短編がタチ・アーカイブ(BOX)に収録されているのは、ずばり、この作品のロケ地がサント=セヴェールで、地元民を多数作中に登場させているから。つまり彼女は、デビューにあたり父親の軌跡をそのまま踏襲したのです。

老母と娘が切り盛りする村の《菓子屋》には、昼間っからなぜ大の男ばかりが屯ろしているのか。細やかな描写が徐々に謎を解いてゆきますが、ストーリーとすら言えないそのさりげなさが父親譲りと言えましょう。

『のんき大将』のロケ地が30年後にどう変化しているのか興味深く眺めましたが、土地の風景も人々の感触も、そんなに変わっていないのが嬉しい。

短編:フォルツァ・バスティア

『フォルツァ・バスティア ’78/祝祭の島』(1978-2000年/編集ソフィー・タチシェフ)

タイトルは「がんばれ! バスティア」の意で、コルシカのサッカー・チームSECバスティアは1978年のヨーロッパ杯で決勝に進出、PSVアイントホーフェン(オランダ)と対戦することになります。クラブの会長である旧知のジルベール・トリガノから依頼を受けたタチは、コルシカ島での第一戦の撮影にのぞむのですが……。

忘れられていたフィルムをタチの死後に発見したのはソフィーで、16ミリ・カラーフィルムが3時間分そっくり倉庫に眠っていたそうです。そこでソフィーが、タチならそうしたであろうように編集・音づけしたのが本作。

ストーリーライン上の特徴は、ある事物(決勝試合)の島への到来と退潮。映像の特徴は試合そのものではなくその周辺にスポットを当てている点——試合を待ちわびる島民の期待感、花火、爆竹、飾りつけ、雨のグラウンドの整備、熱烈な応援、翌朝の閑散。

『のんき大将』(原題『祭りの日』)の構造を『パラード』の手法で描くというこの編集方針自体には、もちろんタチは満点をつけるはずです。ただ……

ジャック・タチがこのドキュメンタリーの完成をなにゆえ断念したのかは不明です。このコルシカ対決では引き分けでしたが、次戦で完敗したためバスティアは優勝を逃しました。記録映像の価値はこの段階で半減したので会長も監督も意気阻喪したのでしょうか。

私見では、ソフィーの才能をもってしても、これら映像だけではスポーツ版『パラード』たりえなかった。おそらく、そもそも「何か」が足りていなかったのでしょう。タチの断念の理由はこのあたりにも隠されているものと思われます。

なおこのDISKには特典映像として「グデ先生の授業」が収録されています。2009年にパリのシネマテークで開催された大規模なジャック・タチ展用に製作されたドキュメンタリーですが、「観察」「音」「アメリカ」など5時限にまとめられたステファヌ・グデ氏の授業は平易でなかなかタメになります。「休み時間」にはタチ制作のテレビCMが流れるし、ゲストコメンテーターも充実(ウェス・アンダーソン、デヴィッド・リンチetc)しています。


2 予告

以上で7枚のDISKそれぞれの紹介はひとまず終了です。
最終回は商品としての【ジャック・タチ コンプリートBOX [日本版Blu-ray]】全体を総括するつもりですが、その前に1回だけ《番外編》をはさみ、『イリュージョニスト』とソフィー・タチシェフについて語ってみたいと思います。


コンプリートBOXバラ

☆商品情報
『ジャック・タチ コンプリートBOX』 [Blu-ray]
 日本コロムビア / COXM-1094~1100
『ジャック・タチ コンプリートBOX』 [DVD]
 日本コロムビア / COBM-6696~6702
*Blu-rayとDVDでは内容・価格が異なりますのでご注意ください。
 なお本稿では、あくまで[日本版Blu-ray]のほうを扱っています。

(佐々木秀一/執筆)

〈追記〉
2015年2月、「短編集」単品のBlu-rayDVDも発売されました。






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日本ではたぶん唯一のファンサイト「ジャック・タチの世界」を運営しています。フィルモグラフィetc.は、そちらをご覧ください。
タチの人生を詳細に描き出した評伝「TATI―“ぼくの伯父さん”ジャック・タチの真実」もヨロシクお願いします。タチ関連の情報があれば、ゼヒお知らせくださいませ。

連絡先:tati@officesasaki.net

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